ずいぶんエントリに時間がかかってしまいました・・・
shrimpさまに起こされて目が覚め始めたhachiです。
いや・・・中国語のことでなかなか書けるネタのない生活をしてまして。
小hachiは無事に100日を迎え、お食い初めと、スタジオ・アリスでの
記念撮影を済ませました。
スタジオ・アリスでは、いきなりたかれるフラッシュにびっくりして
号泣の小hachi。
意外と怖がりらしい・・・
慣れない子育てにあわただしくしながらも、不思議と子供とべったりの生活が
苦痛にならず楽しかったりします。
これまでのhachiの生活からは考えられません。
ぼちぼち更新していきます!
最近はおもちゃをつかめるようになりましたが、
口に入るものと入らないものの区別がつかないらしく
無理やりボールを口に入れようとしてます。。。
めまいもだいぶましになりました。なんかこんなとぎれとぎれで、書きたいときに書けずすみません。今度は腱鞘炎(涙)。情けないです。
ママブログなんかをのぞいたりしても、同じ時期に出産したもっと若いママさんが、親の助けなしに、子育てし、布オムツを自分で洗い、ブログもしっかり更新しているのを見ると、親がかりでブログすらなかなか更新できないし、子育てもあわあわしてるし、われながら情けないです。
さて出産レポの続き。
私、陣痛を誤解しておりました。
① 私は子供の頃から、入院・手術の経験があり、いつも泣かずに耐えたので、医者や看護師さんからほめられていた。だから、痛みには強いはず。
② 陣痛は、多くの母親たちが耐えて出産しているのだから、私にだって耐えられないはずはない。
③ 陣痛は10分間隔から始まるはず。
入院し、消灯時刻が過ぎても少し音を小さくしてお笑いなんぞを見て、「さあ、明日に備えるぞ」と電気を消してほどない頃。
突然、お腹から腰にかけて、まどろむこともできないような痛みが始まりました。
1分程度で収まったのでまた眠ろうとすると、またまた同じ痛みが。念のために時間を計ってみるとなんときっちり5分。
慌ててナースコールし、「何だかお腹が痛いんですけど・・・」と訴えて、NST(お腹の張りや胎児の心拍などを測る機械)をつけてもらうと、「ああ、陣痛ですね」と判明。
この時点で私の認識③は誤解だと判明。確かに、痛い時間が短くてすむというのはいいのですが、いきなりの5分間隔とは、心の準備が・・・
しかもかなり痛い。腰痛から始まってだんだん骨盤に響くような痛みになっていきます。
hachi「相当痛いんですけど・・・あとどのくらいがまんしたらいいんですか」
看護師さん「何言ってるの。これからが痛いのよ。こんなもんじゃないから」
愕然とするhachi。すでにもう逃げ出したい気持ち満々。なのに、NSTのお腹の張り(陣痛の強さ)を示す表示は、たいした波形を描かないのです。しかもまだまだこれからって・・・(涙)。
そして予想もしていなかったのが吐き気です。
友人から、お産は体力勝負だから陣痛の合間におにぎりやパンを食べた、と聞いていたものの、何か口にするとすべて吐き戻してしまいそうな勢い。
hachi「無痛分娩にしてもらえませんか・・・」
看護師さん「無痛できる先生が明日朝には来るから、それから処置してもらいましょう。これから長丁場だから、5分の合間でも眠るようにしてください」
さらに愕然とするhachi。あと9時間近くこのままなのか・・・(涙)。
しかも痛くて眠るのなんて無理!!
そして、2時間ほど、看護師さんのアドバイスどおり長く息を吐きながら痛みに耐え、口がからからになってきた頃、痛みは3分間隔に縮まっていました。
もう痛くて痛くて合間に寝るどころじゃありません。次の3分が来るのが怖くて、半泣き状態に。
ふたたびナースコールです。
hachi「3分間隔に縮まりました。痛いです。何とかなりませんか」
看護師さん「まだ子宮口も3センチくらいね。朝先生が来るのを待ちましょう。NSTではそんなに大きな陣痛の表示にはならないんだけどね・・・」
hachi「骨盤割れそうなんですけど・・・」
①も誤解でした。私はどうやら、痛みに強いほうどころか、相当弱いほうだったことを悟りました。
そうだ、入院・手術をしていたのは小学校低学年くらいまでで、その後は健康優良児候補に選ばれたくらい、長年痛い目には遭ってなかったことをようやく思い出しました。
痛いと絶叫できれば楽だったのか、今からはもう検証しようもないのですが、痛みに耐えながら、自分がそれほど若い妊婦ではないこと、入院していたのですべてのスタッフの方々に顔が割れていることなどから、大騒ぎはできないと声も出さず必死で痛みに耐えていました。
おりしも12月、日が一番短い時期。空が明るくなってくれるのをどれだけ待ったことでしょう(涙)。
かろうじて口にした朝食のパンすら吐き戻し、私はひたすら、無痛分娩の麻酔処置をしてくれる先生を待ち続けました。
(続く)。
私のお産は、いきなりの破水からはじまりました。
前の週の検診では、「まだまだかかるね~」といわれ、何人かの友達や、義母からは「産前なんだから、パソコンの前に座ったり本ばっかり読んでないで、たくさん歩くべきだ」といわれ、「切迫で安静生活してたんだから、いまさら遅いよ~!」とぶつくさココロの中でつぶやきながら、買い物に出かけたその日。
なんだか下腹が重いようなだるいような感覚はあったのですが、予定日まで1週間あったし、まだまだかかるといわれていたこともあり、朝から夕方ちかくまでぶらぶら。そして、帰宅して、楽しみにしていたポタジエの野菜スイーツ(さつまいものロールケーキ)を食べていたところ、いきなり今まで経験したことのない量の何かが出たような感覚が。
ああ、楽しみにしていたポタジエのケーキを食べておいてよかった!とまず思った私も、さすがに破水したら、母体と胎児の感染防止のために、即入院しなければならない、ということだけは頭にあったので、ケーキとコーヒーを平らげてから、産院に電話。結果は、「破水の可能性があるから、すぐに荷物をもって来るように」とのこと。ただ、産院の晩御飯はもう終わっているので、このまま明日の朝まで食事は出ないから、もし陣痛とかないようだったら、家でご飯を食べてから来てくださいということだったので、私は義母の作った水餃子を一皿完食(15個以上あったと思う)。
お産には体力がいると友達からも言われていたので、普段食べれる量ではなかったけれど、何とか口に放り込みました。
これが後になって本当に正解でした。
hachi夫につきそわれ、夜間の産院で当直の先生に診てもらったところ、やはり破水しているとのことで、抗生剤を投与され、すぐに入院手続きとなりました。
そのときには何の痛みもなく、まだお産にいたるような気配がなかったため、夫をいったん自宅に帰し、病棟で出会った妊婦友達(先に出産済み)にVサインをするほどの余裕があったのですが・・・(看護師さんたちにも「あなた余裕ね~」といわれるほど元気)
ベッドにもぐりこんで、少しだけテレビを見て、明日に備えて眠ろうと思ったとき、始まってしまったのです・・・・まだ心の準備が何もできていないまま、いきなり5分間隔の陣痛が。
(つづく)
ごぶさたしてしまいました!
小hachiデビューです!
退院してからおおかたの予想どおり、むしろ時間がなくなってしまい、まったくパソコンを立ち上げることすらできませんでした。
入院中の方がぜんぜん時間がありました。病院に戻りたい~。
小hachiは、生まれた翌日と退院当日こそ、一晩寝ずに大騒ぎしていましたが、その後は毎晩、4~5時間まとまって寝てくれるので、かなり楽なほうだと思いますが、それでも日中、お世話だけで過ぎてしまいます。お手洗いすら行きたいときに行けないってこういうことなんだと改めて実感しました。
いろいろ愚痴らせていただきましたが、退院後はマタニティブルーもあったのか、いろいろなところで荒れたりもしました(苦笑)。だけど、義父が意外と大活躍です。お料理がとても上手で、私の「坐月子」のために、毎日いろいろなおかゆやスープ、料理を作ってくれ、新鮮な魚を手に入れに行ってくれたり、烏骨鶏のスープを煮込んでくれたり。朝から家中を掃除し、すべてのごみをだして、料理を整えてから、じっとしていられない性分を発揮して毎日あちこちに出かけてるので、細かいことは言われないし、結構気が楽です。
義母は優しいのですが・・・かなり不器用な人だということがわかり(笑)
追々、出産レポなどと併せて、アップさせていただきますね。
ご心配、応援などなど


、本当にありがとうございました。